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2026年11月6日金曜日

ドイツ国法学者協会の名称変更について


「ドイツ国法学者協会」の名称が「国法学者協会」に変更されることになりました。今年のドイツ国法学者大会に参加された松原光宏会員にお願いして、大会の様子についてまとめていただきました。

「ドイツ国法学者協会の名称変更について」 松原光宏(中央大学)

ドイツ国法学者協会(Vereinigung der Deutschen Staatsrechtslehrer)第85回年次大会は、「憲法国家の試金⽯―憲法学の試金⽯」と題し、かのトイトブルクの森からも近い、ビーレフェルト大学にて開催され(2026年10月7日~9日)、(ザクセン=アンハルト州議会選挙におけるAfD 台頭に象徴される)デモクラシーの危機を背景とした8本の報告が、憲法、行政法、国際法にわたって展開されました(8~9日)。個人的には、(自明とされてきた)私的自律と公的自律の調和を疑う傾向に異論を唱える、⾸都フンボルト大学へと移籍して間もないTh.・ビッシュマイヤー教授の報告が強く記憶に残っております。CSU党⾸M.・ゼーダーによって力説される、同州への財政調整停止の余地については、J.・v.・アッシェンバハ教授(フランクフルト(オーダー))が取り上げていました(報告については、協会サイトを参照)。また、4つのセッションからなる対話サークル(7日)では、「公法の基礎」に参加しました。デモクラシーの危機と憲法裁判の関係に注目する論者として知られる、政治学者Ph.・マーノウ教授(ジーゲン大学)のゲスト報告があったからですが、個人的にお話をする機会も得られ、大変勉強になりました(もっともその所見に批判的な会員は少なくない)。

さて、総会(7 日。議⻑は協会理事⻑であるH.・ヴィスマン教授(ミュンスター))では、①極右会員問題に対する処方箋としての規約改正(過去の経緯については、参照、⾼橋雅人「『ドイツのための選択肢』と国法学者協会の選択」法時97巻3号(2025)83⾴以下)の他、②組織名称変更が主要議題になりました(終了までに約3 時間も、日本でもよく知られるD・グリム教授(ベルリン)はお元気に参加されていました)。①について、除名処分要件の具体化申立は否決されましたが(手続的改正のみ)、②については、予想よりもスムーズに承認されました。

1922 年以来の伝統的名称が使われる大会は今回が最後となり、今後は、「主体ではなく客体に重点をおいた」(O.・レプジウス教授(ミュンスター))、「国法学協会(Vereinigung für Staatsrechtslehre)」と呼称されます(但し、略称はVDStRL として不変)。”deutsch”、文献に拠れば、初回の招待は、(プラハのドイツ大学を含む)ドイツ語圏の大学の憲法・行政法学者に送られたようですが(M. Stolleis, Die Vereinigung der Deutschen Staatsrechtslehrer. Die Bemerkrungen zu ihrer Geschichte, in: KritV 1997, S. 341)、今回の決定は、オーストリア及びスイス人会員との関係、及び、”Lehrer”と(増加傾向にある)女性会員の関係を問題視する、12名の会員の申立に基づくものです。協会が、専門学会を超えた、幅広い研究者コミュニティーとしての性格を有していることが、こうした問題が個々のアイデンティティーにかかわる事項として重視される理由の一つになっているようにも思われます。今年も総会は、J.・イプセン(1月31日)、J.・フローヴァイン(2月8日)、R.・アレクシー(9月5日)教授ほか、物故会員の黙祷から始まり、追悼文も順次投稿されています。7 日及び8 日のレセプションもまた、各々、NRW州政府及びビーレフェルト市の招待によって開催され、相互の歓談は深夜まで続きました(2026 年10 月24 日)。